橋本薫コラム vol.2「世の中、問題解決」
世の中、問題解決
イーロン・マスクは、現代の学校教育に対して鋭い批判を向けている。
その指摘の核心は、子どもたちが本来もって生まれてくる多様な才能を、教育制度が十分に生かしきれていないのではないか、という点にある。
子どもは、決して同じ資質をもって生まれてくるわけではない。
数学に非凡な力を示す子もいれば、音楽に深い感受性をもつ子もいる。あるいは、言葉を操ることに秀でた子もいる。人はそれぞれ異なる光を宿しているにもかかわらず、現在の学校教育は、その違いを尊び育てるよりも、むしろ均質な「平均的人間」をつくり出す方向へ傾いているように見える。
しかし、社会の豊かさとは、均一性によってではなく、多様性によって支えられるものではないだろうか。
それぞれの個性を見いだし、その特質を伸ばしていくことこそが、社会に奥行きと創造性をもたらす。教育とは本来そのためにあるべきものである。
さらにマスクは、学ぶことの本質は単に知識を記憶することにはないと語る。
真に重要なのは、覚えることではなく、解くことである。言い換えれば、問題解決の力を育てることにこそ、学びの中心が置かれるべきだというのである。
考えてみれば、社会が価値を認めるのもまた、知識の量それ自体より、問題を解決する力のほうである。
現実の世界で報奨を受けるのは、何かを記憶している人ではなく、何かを成し遂げた人である。もちろん、例外的に膨大な知識を武器にクイズ王として脚光を浴び、テレビで活躍する人もいるだろう。だが、それはあくまで特殊な例にすぎない。大多数の人間は、覚えているだけでは生きていけない。知識は、現実を動かす力に変わってこそ意味をもつ。
私自身の経験を振り返ってみても、そのことを強く実感する。
報奨の多寡は解決する案件の大きさによって決まった。学んだのは、社会が最終的に評価するのは「何を知っているか」ではなく、「何を解決したか」だということである。
問題解決にこそ、社会は正当に価値を見いだす。その実感は、年月を経てもなお揺らぐことがない。
では、薬剤師の仕事に重ねてみたとき、何が見えてくるだろうか。
現在の医療制度において、処方権は医師に委ねられている。薬剤師はその流れの中に位置づけられている。これは制度上の現実である。
だが、それによって薬剤師の果たすべき役割が小さくなるわけではない。
むしろ、薬剤師には薬剤師ならではの問題解決の場がある。それは、生活の最も身近なところにいる医療人として、医師が登場する以前の段階に関わることである。日々の健康を守り、体調のわずかな変化に耳を傾け、必要なときには適切な受診を勧める。すなわち、病を診る医師の前に、暮らしを見つめる者として立つことである。
ここにこそ、薬剤師の本質的な価値があるのではないか。
治療が始まる前の不安に寄り添い、病気に至る手前で人を支え、医療へとつなぐ。その働きは、決して周辺的なものではない。むしろ、人々の生活の現場に根を下ろした、きわめて重要な問題解決である。
では、その報奨は何か。
それは単なる一時の利益ではない。寄り添い、支え、力となった人々が、やがて深い信頼を寄せてくれることである。そしてその信頼は、あなたの薬局にとって生涯にわたる顧客というかたちで結実する。
橋本薫