橋本薫コラム vol.7「1センチ上を跳ぼう」

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1センチ上を跳ぼう


はるか高くバーを越えていく棒高跳びの世界。かつてのセルゲイ・ブブカ選手や、今のアルマンド・デュプランティス選手のように、空を舞う彼らの姿はいつの時代も陸上競技の花形ですね。空に向かって飛び立つその姿に、私たちはいつも心を奪われます。

彼らの素晴らしい記録の歩みを振り返ると、あることに気がつきます。それは、まるで約束でもしたかのように「1センチずつ」記録を塗り替えていくことです。昔の大会では、一度に数センチも一気に更新することがありました。それがいつの頃からか、新記録には賞金が出るようになり、少しずつ、大切に記録を伸ばしていくようになりました。

「もっと高く跳べる余裕があっても、あえて1センチでやめているのではないか」。そんな少し意地悪な見方もできるかもしれません。でも、私はそれを決して悪いことだとは思わないのです。むしろ、とても素敵な結果を生み出していると感じます。

スタジアムに集まった観客は、目の前で「世界記録が生まれた」という歴史的な瞬間に立ち会い、忘れられない感動を胸に刻みます。テレビの向こうの私たちも、放映権を買ったメディアやスポンサー企業も、みんなが笑顔になります。もし彼らが一度に限界まで跳んでしまったら、その感動は一度きりで終わってしまうかもしれません。1センチずつ高みを目指してくれるからこそ、私たちは何度も喜びを分かち合うことができるのですね。

人の満足感や幸福感というのは、必ずしも「どれだけ大きく超えたか」ではなく、「これまでの基準をたしかに超えてくれた」というその瞬間に、静かに灯るものなのだと思います。

このお話は、私たちの仕事や日々の営みにも、とても優しいヒントをくれています。

誰かに喜んでもらおうとするとき、私たちはつい「10センチ上」の成果を出して、大きく驚かせようとがんばり過ぎてしまうことがあります。でも、一度に10センチも跳んでしまうと、次に求められるハードルもぐんと上がってしまい、いつか自分自身が苦しくなって辛くしてしまいますよね。

本当に心地よいのは、ほんの少し、たった「1センチ」だけでも、相手の期待や昨日の基準を超えていくことではないでしょうか。

その1センチ上を目指す努力の積み重ねは、周りの人に確かな満足感と喜びを届けながら、なにより自分自身の仕事を、ずっと穏やかで、易しいものにしてくれます。10センチの無理な大ジャンプよりも、やさしく確かな1センチを。そんな風に日々を歩んでいけたら、周りも自分も、みんなが幸せでいられるような気がします。

ゆるゆる頑張りましょう。1センチ上でいいんですよ。


橋本薫